不幸の手紙のパン版?〜さまよえる「ヘルマン」〜

2009年3月25日

 

15で日本を去った私は、同年代の日本人と「高校の頃にはやったもの」とか、「初デートのときに口ずさんだヒット曲」という話は共有出来ない。

 

と同時に、私のティーン時代の思い出も日本人にとっては初耳のはずだ。

(しかも、若者のサブカルチャーとは、ドイツに長く滞在していたとしても、そのなかにいなければ触れる機会もあまりないだろう。)

 

この間、ふとした拍子に

「パンのチェーンメール(?)」

というものが昔あった、ということを思い出した。

 

もうかなり前の話なので、記憶も定かではなかったが、その「不幸の手紙」のパン版は、私が高校のころ、たしかとなりのクラスからまわってきたのである。

 

それは、瓶にはいった怪しい液体と怪しい手紙。

 

それを受け取ったが最後、その手紙に書いてある通りに毎日、その液体に「餌」をやって「お世話」をし、数日後にみごと「成長した」ものをまた瓶につめて、期限以内に他の友達に渡さなければ不幸になる、というものだった。

(残りの成長したものはパンとして焼く)

 

「バチカン」から伝わってきたという、その由緒正しい(かどうかは疑問だが)「聖なるパン」(正確にいうとパン種)は、はるばるイタリアから、あらゆるひとの手をわたってここドイツまでたどり着いたのだ、とその当時クラスメートが説明してくれたことだけは覚えている。

(「だから、これが死んでしまったら、それはもう大変なことになるのよぉぉ」とクラスメートが大真面目な顔で忠告していた。)

 

しかし、その液体がなんだったのか、どのようなお世話をするのか、焼いたパンも配るのか、、、、名前も、「幸せのパン」とか、「幸せのケーキ」なんていうネーミングだったような気もしたが、それもとっくの昔に忘れてしまっていた、、、、、。

(それもそのはず、もう20年も前の話である。)

 

さて先日、昔話でもする感覚で研修生レナちゃんに、この話をしてみたのだ。

 

「良く覚えてはいないんだけど、『パンの不幸の手紙バージョン』って昔あったのよね~。バチカンから伝わってきた、っていう。もちろん知らないわよね~、あなたはまだ生まれてないし。」

 

と言うと、なんと

「あっ、私、それ知ってます!育てた事があります!」

という返事がかえってきたではないか。

 

「毎日お世話をしなくっちゃいけなくって、大変なんですよ~。牛乳とか砂糖とかあげなくちゃいけないし。もうかな~り前の話ですけど。」

 

彼女に、どのくらい「かなり前」なのかを聞くと、彼女が12歳の頃の話らしい。

(おいおい、3年前が「かな~り前」かい!)

 

結局、我々の記憶の糸をなんとかたぐり寄せたところ、、、、

 

それは、「幸せのパン」通称「ヘルマン」ということ、怪しい液体は、「サワードウ(注)」の一種だということ、毎日、かき混ぜる、小麦粉、牛乳、砂糖をまぜる、等の作業を続けなければいけないこと、パンはレーズン等がはいった甘いものであったこと、そして、20年以上の年月を経てまだ健在であるらしい、ということである。

(レナちゃんは、当時「ヘルマン」をもらった友達にわざわざ聞いてくれ、レシピまでもってきてくれた。ありがとう!)

 

今、未だに「旅」を続ける「ヘルマン」が、私がみた「ヘルマン」と同じ「パン種」なのかどうかはわからない。

 

でももし同じものだとしたら、そのなかにも「聖なる」バチカンのパン種が混じっているわけで、20年以上も、何百人、いや、何千人の手を渡り歩いて今日に至っているはずなのである。

(そう考えると、あまり食べたい、ものではない、、、が。)

 

しかし、この「ヘルマン」、一体誰がどこではじめたのだろうか?

 

バチカン産、というのも眉唾ものだし、大体、生地がサワードウ、(黒パンのもとになる。その名の通り酸っぱい)というところでイタリアではないような気もする。

 

それにしても、パン種を育てて配る、という発想がすごい。

(日本で、米麹がまわってきて、お味噌をつくって友達に配らなければいけない、なんていうチェーンメールがあったら大変だ)

 

その不幸の手紙によると、人生で一度きりしか育てることも食べる事も許されない、さまよえる「ヘルマン」。

 

彼とぜひとも再会したいものある。

 

おわり

hu

注 サワードウ (sourdough) は、小麦やライ麦の粉と水を混ぜてつくる生地に、乳酸菌と酵母を主体に複数の微生物を共培養させた伝統的なパン種。(ウィキペディアより抜粋)